

大学では史上初の3連覇を達成しましたが、社会人になっても自分のやりたいスタイルを貫けるのだろうかと悩み、ラグビーを続けるべきか迷いました。そこで、学生時代の最後にめいっぱいラグビーをやりきるためにイギリスに留学しました。将来に向けてデザインの勉強をしたいとも思っていたんです。結局、イギリスからは1年で帰国し、神戸製鋼に就職してラグビー部に入りましたが、イギリスで感じたことは帰国後にも大きなインパクトを与えました。
何より驚かされたのは、イギリス人のメンタリティ。向こうの連中は、食べ物も身なりも、すべてに「俺はこれがいい」という自分の意志を強く持っていて、今この時、一瞬一瞬を楽しむことをすごく大事にしているんですね。「今はこれを大事にしたいから、もう仕事は辞める。食い扶持に困ったときはそのときに考える」なんてことも、よく聞きました。日本人は今より先を考え、継続して安堵感を得られるシステムや価値観を重要視しますよね。両者の違いは、生き方だけでなく、プレイスタイルにも大きく反映されていました。
つまり、彼らは怖がらないんですよ。失うことを恐れない。たとえ練習でも、死を感じるほど激しいプレイをして、体はボロボロなのに「エンジョイしたよ」なんて言う。一瞬にすべてを賭けて、自分を出し切るんです。日本人が「楽しむ」というエンジョイとは違いますよね。日本人はつねに余力を残しておく貯金主義的なところがある。だから、ここぞという勝負どころに弱い、重要な判断を迫られたときの決断力が不足しているんです。
ラグビーをしていると、不利な状況にあっても、一瞬のうちに状況がひっくり返る場面があります。逆に、この場面でミスさえしなければ、ゲームを制することができたのにという場面もある。イギリスにいた人たちは、このクリティカル・モーメントを感覚的に分かっている。普段の練習から、一瞬一瞬に賭けることを実践しているからなんでしょうね。
一方、ほとんどの日本人は、その感覚に乏しい。でも、その瞬間というのは、教えるのがとても難しいんですよ。「なんであんなところでミスするんだ」と注意したところで、同じ状況でまたミスしてしまう。それはもう、一瞬の判断によって人生が変わるくらい大切なものを失うとか、その重要性を身をもって実感しないと身に付かないのではとすら思います。
しかし、この局面を見極めなければ次はない。次もまた局面を見極めて勝って、また次へ行く。その戦いの繰り返しでしか前に進めないんです。仕事でもそうでしょう。局面の見極めを誤って、一度「まあいいか」と妥協してしまったら、次もまた「いいか」と妥協することになる。妥協は借金取りに追われているかのように連鎖するんですよ。「今度こそ返すから」ってずっと言い続けることになる。それでは、負け続けるだけ。勝負どころを見極めて、その一瞬に全力を注がないとダメなんです。
だから、僕はこのクリティカル・モーメントを何とか伝えようと色々努力をしてきました。そのときに大事だと考えていることが、「理屈ではなく感情の高ぶりを素直に出すこと」。苛立たしさ、腹立たしさを押し殺して説明しても、相手に本気度は伝わらないんです。理解はされても、行動は変わらない。だから「おまえのへぼタックルで負けたんやないか!」「みんなに申し訳ないと思わへんのか!」みたいに、その場の感情の高ぶりを伝えたほうが相手は動くと感じますね。ただ、見せかけの感情は必ずすぐに見破られるので、絶対にすべきではないと思います。